預金の引き出しや使い込み
目次
1 預貯金の引き出しや使い込み
被相続人が亡くなると、相続が開始されます。
亡くなってから財産を調べてみると、相続財産が全然残っていない、被相続人の死亡前や死亡後に、相続人の一人が預金を使い込み・または引き出してしまって、全然預金がないなんてことがよくあります。
被相続人の口座は亡くなってしばらくすると凍結されますので、遺産整理をするまでの家賃や葬儀費用に宛てるため、死亡直前に引き出される、ということが良くあります。
(なお、弁護士としてはこういった目的での引き出しはお勧めしていません)
相続財産に本来あるべき預金がないとなると、様々な問題が生じてしまいます。
例えば、土地建物などの不動産は預金と比べて分けにくいので揉めることに繋がりますし、預金を引き出した相続人への他の相続人の不信感が募ることで、その後の遺産分割がスムーズにいかないことの原因となります。
また、相続開始から10か月以内に相続税を支払わなければなりませんが、これの支払いができなくなるなどの不利益もあります。
引き出したお金を被相続人のために使っていた場合でも、領収書の金額と一致していなかったり、使途不明金があったり、引き出した金額が大きくなる場合は、遺産をこっそり引き出して自分のためだけに使ったのではないかという疑いがかかってしまうことになります。
本ページでは、
- 被相続人の預金の調査方法と弁護士に頼むとできること
- 引き出された預金の取り戻し方
- 引き出され、使い込まれてしまった預金は遺産分割でどういった扱いがされるのか
- 問題のない預貯金の引き出し方法
について、相続に強い弁護士が解説しています。
まだ相続は始まっていないけど、本人の通帳を相続人の一人が持っていて預金が引き出されてしまうかもしれないとお困りの方、相続が始まったけど、聞いていたよりも預金が少ない、誰かがお金を引き出しているかもしれない、という不安がある方、は是非ご一読ください。
2 問題のない預貯金の引き出し方法
問題のある引き出しや使い込みの前に、問題のない預貯金の引き出しから解説していきます。
もっとも、口座名義人(被相続人)が亡くなったのち、その預金が遺産分割の対象となる場合は、遺産分割が終了するまでの間、相続人単独では預金の引き出しができないのが原則です。
しかし、遺産分割前でも、お金が必要になる場合もあります。
例えば、被相続人の入院費が未払いになっているときや、介護施設への支払いが終わっていないときなどです。
こういった場合、従来は、相続人のポケットマネーでの立替などがなされてきたのですが、不都合が多いものでした。
そこで、平成30年に民法が改正されたのです。
これにより、相続預金の払戻制度が創設されました(民法909条の2、家事事件手続法200条3項)。なお、仮払い制度ともよばれることがあります。
具体的には、相続預金のうち、一定額については、金融機関の窓口で預金の引き出しができる制度がつくられたのです。
この制度では、2つの方法での引き出しが認められています。
一つは、家庭裁判所に申し立てて審判を得ることで、全てまたは一部をいったん相続人が取得できる、というものです。
この場合、家裁への申立てが必要となるうえ、家庭裁判所に引出が相当であると認めてもらうための資料を集める必要があります。
もう一つは、各相続人が家庭裁判所の判断を貰うことなく引き出せるというものです。
戸籍や印鑑証明書等の必要書類をもっていけば、限度額の範囲内で預金の引き出しが可能となります。
引き出せる範囲は次のいずれか低い金額となります。
Ⓐ死亡日現在の預貯金額×3分の1×各法定相続分
Ⓑ150万円
この場合は、家庭裁判所の判断を待たなくて良いので簡便ですが、引き出せる額は少なくなります。
この制度を使うことで、当面必要なお金を手元に置くことができます。
なお、理論上は、被相続人が生前に引き出しを指示していた場合には、正当な引き出しと評価される可能性もあります。
ただ、口頭で指示されていて証拠がない場合などは、それをしらない他の相続人との間で問題となってしまうことがあります。
後ほどの紛争を防ぐためにも、死亡時に近接した時点の引き出しや、死亡後の引き出しは行わないことが無難です。
3 預金の調査・使途不明金の調査方法
では、被相続人の預貯金の(不正な)引き出しがあったかもしれない、となった場合、どういった方法が取れるのでしょうか。
どのように調査すればよいのか見ていきたいと思います。
(1)開示請求をする
被相続人の預金が引き出されているかもしれないと思ったら、まずは、被相続人が利用していた銀行や金融機関に取引履歴の開示請求をすることが考えられます。
この時に必要な書類は銀行や金融機関によって多少異なるのですが、相続人自身の戸籍と、亡くなられた被相続人の出生から死亡までの戸籍の写しが必要とされることがほとんどです。
具体的には、本人が利用していたと考えられる銀行の支店か本店で、開示請求の申込書などの書類を記載し、開示してもらいます。
銀行や金融機関が複数に渡る場合、手間がかかりますし、手数料を要求されることもありますが、取得する価値はあります。
このとき、他の相続人全員の同意がなければ、開示すら求めることができないのではないかと不安に思う人もいると思いますが、そんなことはありません。
以下の判例によって、開示手続は1人だけでおこなうことができるとされたためです。
(最判平成21年1月22日)
預金者の共同相続人の一人は、他の共同相続人全員の同意がなくても、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる。
もっとも、近年、金融機関は個人情報の取扱いについて厳しい姿勢を取っています。
そのため、沖縄県内で、「弁護士に依頼するか、相続人全員の同意がないと開示しない」としている金融機関もあるとのことです。
そのような場合は、弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、仮に相続人による開示請求が拒まれた場合でも、弁護士会23条照会の手続を通じて、取引履歴を取り寄せることができるのです。
(2)開示記録を調べる
取引履歴が開示されたら、その内容を調べます。
まず、不審な取引履歴、多額の引出しをチェックします。
窓口による引出しの場合、これらが誰によって行われたかを調べるために、払戻書を開示請求して、筆跡などを確認することもあります。
ATMの引出しの場合、取引履歴の横に支店番号などが記載されていることから、これが被相続人の活動範囲内であるかどうか、入院中などではないか、などをチェックし、誰によって引き出されたのかを調べます。
例えば、
- 長期にわたって入院していたのに死亡前日に入院先から遠い場所で引き下ろされている
- 死亡日時の数時間前に多額・複数回の引き出しがある
といった場合は、本人の引き出しではなく、第三者の引き出しである可能性が高いといえます。
なお、この際、カルテや、死亡診断書の記載と突き合わせる作業が必要となる場合があります。
弁護士に依頼すれば、カルテの取り寄せ等を任せることもできます。
(3) 引き出された預金の取り戻し方
では、引き出された預金をどうやって取り戻せばいいのでしょうか。
順に見ていきたいと思います。
ア 本人に尋ねる
預金を引出した人が判明し、ある程度の関係性があれば、まずは本人に、何のために使ったのか尋ねることで問題が解決することもあります。
例えば、法律論的なところはさておき
- 本人の未払いの入院費に使った
- 本人の葬儀費用にあてた
- 光熱費や家賃の支払いに使った
といった場合で、金額についても明瞭な説明がされた場合は、揉め事に発展する可能性は低くなります。
なお、法的に考えると
すでに本人は亡くなっているので、支払うべき医療費や生活費等の債務は、それぞれの相続人にそれぞれの割合で帰属することとなります。
また、葬儀費用についても、本人の財産から拠出するのではなく、一般的に喪主が支払い、話し合いによっては他の相続人全員での負担とされています。
話し合いで預金引き出し、使い込み問題が解決することもありますが、これは各相続人同士の従前の関係性であったり、性格であったりという影響が大きいところだと思います。
イ 遺産分割協議・調停での解決
引き出した人が自分一人のために貯金を使っていた場合でも、遺産分割協議の中で話し合うことで、解決することもあります。
引き出し行為をした人がそのことを認めたときは、その額を引いた額を相続の取り分として分配することができるためです。
では、引き出したはずの人が引出しを認めないとき、使途について説明をしないとき、遺産分割協議がまとまらなかったときは、遺産分割調停に持ち込むべきなのでしょうか。
結論からいうと、遺産分割調停の場で解決することは難しいと言えます。
まず、遺産分割協議がまとまっていない時点で、ある程度揉め事になっている場合が多いと言えます。
そして、遺産分割調停では、引き出された預金の取り返しについては、原則として判断しないことになっています。
遺産分割の対象となるのは、現存している遺産のみだからです。
預金が引き出され、その使途が不明である場合、その預金は、どこかに動かされて存在していないと評価されてしまうのです。
そのため、調停の対象に入ってきません。
なお、使途不明金の額や、引き出し行為が特定している場合には、遺産分割調停での話し合いの前提に入れてくれることもあるのですが、それでも相手方が素直に認めてくれない場合には、それ以上は遺産分割調停では話し合うことが出来なくなってしまいます。
この場合は、別途裁判手続きを起こす必要があります。
不当利得、不法行為があったとして、取り返しを求めることとなるのです。
ウ 裁判手続き
預金がいつ引き出されたかによって、請求する内容が若干異なってきます。
A 死亡前の預金の引き出し
死亡前の預金の引き出しは、死亡した被相続人に対する不法行為・不当利得を構成します。
そのため、この不当利得返還請求や損害賠償請求を、相続人が各相続持ち分に応じて取得したという法的構成になります。
被相続人の死亡によって、各相続人はその財産を持分ごとに取得することとなるためです。
B 被相続人死亡後の預金の引き出し
これに対し、被相続人死亡後の預金の引き出しは、被相続人を経由することなく、当然に分割されて、各相続人それぞれの相続分に応じたものになります。
つまり、死亡後の引き出し行為は、各相続人に対する不法行為・不当利得を構成するのです。
引出しをした相続人以外の相続人全員で、ある一人に対して訴訟を起こすときもあれば、それぞれがバラバラに訴訟を起こすときもあります。
状況によって異なるため、このあたりは専門家への相談をおすすめします。
4 まとめ
以上のように、預金の引き出しは、金額や、引き出し回数、各相続人間の関係性や使い道によって取扱いが変わりうるものです。
また、遺産分割前に預金を正しく調査する必要性もあります。
そして、当事者同士の話し合いで解決できないときは、法律上の手続きを取る必要があります。
この際は、相続人の調査や相続財産の調査などが前提として必要になってきます。
また、遺産分割協議や、遺産分割調停、裁判上の訴えに関する知識も必要とされます。
そのため、被相続人の生前の預金や不動産の存在がわからない、預金が使い込まれているかもしれない、といった場合には、まず弁護士に是非ご相談ください。
遺産の調査をし、使い込まれた預金を取り返すためのアドバイスをさせていただきます。
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この記事を書いた弁護士 弁護士法人ニライ総合法律事務所 弁護士 鈴木 志野 |