(1)被相続人の借金は誰が払うか
被相続人の借金は、「法定相続分に従って」相続人全員が支払うことになります。
<例>父親がなくなり、父親だけが債務者であった住宅ローンが1000万円残っており、兄弟4人が相続人だった場合
兄弟の法定相続分は4分の1ずつですから、一人頭250万円の支払い義務を負うことになります。
(2)相続人の一人が全額の債務を引き受けることは可能か
遺産分割協議において、借金を特定の相続人が全額支払うことを合意することは可能ですが(なお、そもそも債務が遺産分割の対象になるかは争いがあり、大多数の裁判例は消極説に立っています)、債権者を拘束しません。
例えば、上記の例で言えば、兄弟のうちの一人が借金を全額支払うことにすると分割協議をしても、ローンの借り入れ先の銀行などからは、他の兄弟もローンの支払いを請求されてしまいます。
つまり、債権者は、全額の支払いを約束した相続人以外の誰に対しても、その法定相続分に従って請求をすることができ、相続人はそれを拒絶することはできません。
ただし、相続人間での取り決めとしては有効ですので、仮に、全額の支払いを約束した相続人以外の相続人が借金を支払った場合は、全額の支払いを約束した相続人に対して、自身が債権者に支払った分を支払うよう請求することはできます。
(3)被相続人の借金を相続人が連帯保証していた場合
被相続人の借金を相続人が連帯保証していた場合も、借金は、やはり法定相続分に従って、相続人全員が支払うことになります。
ただし、連帯保証人となっている相続人は、自身の法定相続分を超える分についても、連帯保証人として債権者に支払いをしなければなりません。
<例>父親がなくなり、父親名義の住宅ローンが1000万円残っており、兄弟4人が相続人、父親のローンを兄弟のうちの誰かが連帯保証していた場合は、1000万円全額について連帯債務者として支払う義務を負います。
もっとも、連帯保証人というのは、あくまで他人の借金を保証している立場であり、借金を最終的に負担するのは、主債務者(この場合だと、被相続人であり、被相続人の借金を相続した相続人達)ですので、連帯保証人として、自身の法定相続分を超える分を債権者に支払った場合は、超過分を、他の相続人に対して、自身に支払うよう請求することができます。
(4)相続人の借金を被相続人が連帯保証していた場合
逆に、相続人の借金を被相続人が連帯保証していた場合、被相続人が負っていた連帯保証債務を、法定相続分に従って、相続人全員が負うことになります。
<例>兄弟4名のうちの一人の借金1000万を父親が連帯保証しており、父親が亡くなった場合、他の兄弟は250万円ずつ連帯保証債務を負います。
ただし、先ほどの例と同様、借金を最終的に負担するのは主債務者(この場合だと、借金を負っている相続人)ですので、連帯保証債務を相続して、債権者に支払いを行った相続人は、主債務者である他の相続人に対して、債権者に支払った分を自分に支払うよう請求することができます。
なお、連帯保証人間における求償の問題もありますが、省略します。
(5)被相続人のローンに抵当権がついている場合
被相続人の借金に抵当権がついている場合があります。住宅ローンなどが典型です。
<例>父親がなくなり、父親だけが債務者であった住宅ローンが1000万円残っており、兄弟4人が相続人だった場合で、父親の住宅に抵当権がついている場合です。
被相続人名義の不動産に抵当権がついている場合、抵当権はその不動産についたまま相続がなされます。
この場合の借金は、(1)の通り、分割されて250万円ずつの支払い義務なので、それを超える分については支払いを拒絶できそうです。しかし、被担保債権(抵当権によって担保されている債権)は、その不動産を相続した相続人の法定相続分に限定されることはありません。
したがって、その相続人以外の相続人が、自身の法定相続分の借金の支払いを怠った場合でも、抵当権は実行される可能性はあります。
なお、仮に、抵当権が実行されることにより、借金が返済された場合、その不動産を相続した相続人が、自身の財産で他の相続人の法定相続分の借金についても支払ったことになるので、自身の法定相続分を超える分については、他の相続人に対して請求することができます。
(6)遺産分割協議で相続人の借金をどうするとよいか
借金を特定の相続人が全額支払う旨を遺産分割協議で定めたとしても、債権者に対しては対抗できません。
他の相続人は、債権者に支払いを行った場合には求償できるとはいえ、煩雑であり、全額を支払う旨約束した相続人にお金がない場合の危険も負担しなければなりません。
そのため、可能であるなら、債権者も含めて、特定の相続人が支払う旨合意することが望ましいと言えます。
(7)相続開始後の相続財産についてかかった費用は誰が負担するのか
相続財産についてかかった費用の範囲については、例えば、相続財産についての租税公課(固定資産税など)、必要費(壊れた場合の修理費用)、有益費(財産の価値を高める費用)、遺産が賃貸借である場合の賃料、火災保険の支払い、遺産の賃借人に対する立退料などがこれにあたります。
このような費用は、相続財産の負担となり、遺産の中から支出される、遺産分割に際して清算すべきという考え方(積極説)、共同相続人が相続分に応じて支払うべきという考え方(消極説)があります。
実務では、遺産管理費用は、相続財産とは別個の性質なので、遺産分割調停などの範囲に含まれないが、もし共同相続人全員の同意があればこれを含めて解決してよい、しかし、同意がない場合には、民事訴訟により別途解決することになるという運用を取っています。
(8)葬儀費用は誰がどう支払うのか
葬儀費用(通夜・告別式、火葬などの過程で要する費用)は、相続開始後に生じた債務であり、また前述の相続財産についてかかった費用とは言えないため、遺産分割の時にどのように処理するべきか、よく争いになります。
高裁では、葬儀を行った者(原則としては喪主ということになるでしょう)が負担するとされています。
ただし、異なる合意を相続人間で行うことは自由ですので、相続人の合意により、葬儀費用を相続財産から支出したり、相続人が少しずつ負担することは可能です。
(9)香典はどのように取り扱うべきか
葬儀費用と並んで問題となるのは、香典の取り扱いです。香典は、死者への弔意、遺族への慰め、葬儀費用など遺族の経済的負担の軽減を目的とする祭祀主催者への贈与と考えられており、これも葬儀費用と同様に遺産分割の対象となりません。
なお、遺産分割の際に葬儀費用を共同相続人全員で負担するとしたような場合には、香典を差し引くという取り扱いが公平です。