1 失踪宣告
失踪宣告、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。この手続きは、失踪してしまったり、行方不明になったり、連絡が取れなくなっている人がいるときに使われるものです。
失踪宣告手続きをすると、生死不明の人を死亡した人として扱うことができます。
では、具体的にどう言った手続きが必要となり、どのような時に使われるのでしょうか。
また、失踪宣告の効果や、失踪宣告をした人が実は生きていた場合はどうなるのでしょうか。
行方不明、や、失踪というと身近なものではないと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、毎年行方不明者は、8万人前後で推移しています。
この数は、警察に行方不明者届が出された人の数ですので、実際の数はもっと多いかもしれません。
参考リンク:令和4年における行方不明者の状況 警察庁生活安全局人身安全・少年課
行方不明や失踪宣告は決して他人事ではなく身近に起こり得るものなのです。
それでは、家族が行方不明になった時、残された人はどのような対策ができるのでしょうか。
特に問題となる相続の話を中心に、以下、相続に強い弁護士が解説していきたいと思います。
2 失踪宣告の審判の効果
失踪宣告とは、生死不明の者に対して、法律上死亡したものとみなす効果をもたらす制度です。
つまり、失踪宣告がなされると、その人は死亡したものとみなされます。
そのため、不在者(失踪者)についての相続が開始されます。
また、仮に不在者が婚姻をしていれば、死亡とみなされることで、婚姻関係が解消されます。
ですので、例えば、
- 高齢の家族がずっと行方不明となっているが、不動産等の財産が放置されていてどうしたら良いのか分からない。
- 亡くなった家族がいるが、相続人のうちの1人が行方不明となっており、遺産分割手続がストップしてしまっている。
- 配偶者がある日失踪してしまったが、離婚等の手続が取れないままになっている。
- 航空事故に巻き込まれた親族がいるが、相続の手続が取れず困っている。
というような場合に使われることがあります。
親戚や近親者が、生きているのか亡くなっているのか不明な場合は、残された人々や家族は非常に不安定な立場におかれます。
財産を処分していいのか分からない、違う人と再婚したいが離婚はできるのか分からない、といった状況を解消するための手続が失踪宣告なのです。
3 失踪宣告の種類と手続
失踪宣告の手続は民法、家事事件手続法によって定められています。
失踪宣告には2種類あります。
普通失踪と、特別失踪です。
普通失踪は、連絡が取れない人が、失踪してから7年間生死不明の状態となっている人がいるときの手続です。
この7年間の生死不明期間のことを、失踪期間といいます。
家庭裁判所に申し立てて、失踪宣告の審判をしてもらうことができます(民法30条1項、家事事件手続法39条、別表第一 五十六)。
この場合は、失踪から7年を経過した時点で、その人が死亡したものとみなされます。
具体的には、2020年の8月から行方が分からなくなった人がいる場合、死亡したとみなされるのは、2027年の8月からです。
特別失踪は、航空事故や海難事故など、「死亡の原因となる危難に遭遇」して1年間生死が不明であるときに使われる手続です。
その危難が去った後1年間明らかでないときに、家庭裁判所に申し立てて、失踪宣告の審判をしてもらうことができます(同条2項、家事事件手続法39条、別表第一 五十六項)。
失踪宣告がなされると、特別失踪の場合は、危難が去ったときに死亡したとみなされます。
具体的には、2024年の8月1日に海難事故に遭った場合、1年後の2025年8月以降に失踪宣告手続をするのですが、死亡したとみなされる日は、2024年の8月1日です。
このように特別失踪は、死亡したとみなされる時期が普通失踪とは異なります。
なお、特別失踪と似ているものに、認定死亡(戸籍法89条)があります。
こちらは、震災や火災に巻き込まれるなど、特別失踪の状況よりも、より死亡している可能性が高い場面で使われます。
失踪宣告が家庭裁判所で認定されるのに対して、認定死亡は、公官庁で認定されます。
公官庁に問い合わせるなどすると手続について教えてもらえることが多い為、どちらか分からない場合は相談してみることをおすすめします。
死亡したとみなされた場合の効果についてみてみますと、相続や再婚が可能になる、ということがあげられます。
もっとも、再婚に関しては、「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき」には離婚することができるという民法の規定があります。
そのため、再婚だけが問題となる時は、失踪宣告の審判ではなく離婚手続きをとることもあります。
4 失踪宣告の審判の申立の仕方
では、失踪宣告の審判は実際にはどのように行うことができるのでしょうか。
失踪宣告の審判の申立人や、申立に必要な費用について解説していきます。
(1)申立人
申立人は、行方不明となっている者(以下、不在者といいます)の利害関係人となっています(民法30条)。
利害関係人とは、不在者の配偶者や相続人にあたる者、財産管理人、受遺者(遺言によって財産を贈与される人)などが該当します。
失踪宣告を求めることについて、法律上の利害関係を有する者をいうのです。
単なる友人や知人というだけでは失踪宣告の申し立てを行うことはできません。
失踪宣告は、法律上、死亡したとみなすことで、法律関係を整理するための手続であるため、申立人は限定されているのです。
(2)申立先
失踪宣告は、家庭裁判所に申し立てます。
その際の家庭裁判所は、不在者の従来の住所地、又は居所地の家庭裁判所となっています(家事事件手続法148条1項)
(3)申立に必要な費用
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手(申立てされる家庭裁判所へ確認する必要があります)
- 官報公告料4816円(失踪に関する届出の催告3053円及び失踪宣告1763円の合計額。裁判所の指示があってから納めてください。)
(4)申立てに必要な書類
① 申立書
申立書は、裁判所のホームページからダウンロードすることができます。
参考リンク:裁判所 失踪宣告の申立書
申立人の情報や、申立ての趣旨や理由などを記載する必要があります。
② 標準的な申立添付書類
一般的に申立ての際に添付する書類は次のとおりです。
- 不在者の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 不在者の戸籍附票
- 失踪を証する資料
- 申立人の利害関係を証する資料(親族関係であれば戸籍謄本(全部事項証明書))
5 失踪宣告の審判の審理
失踪宣告は、不在者を死亡したとみなす重要な審判です。そのため、特に慎重さが求められます。
そこで、家庭裁判所は、公告ならびに一定の期間経過後でなければ、家庭裁判所は失踪の宣告をすることができないと定められています(家事事件手続法第148条第3項)。
家庭裁判所は、まず、独自に事前調査を行います。
その後、「失踪に関する届出の催告(公示催告)」と呼ばれる公告を行います。
この催告では、生存している人や生存を知っている人が公告を見た場合は届け出をするように呼び掛けているものです。
この公告をしたにもかかわらず、一定期間届出がなかった場合は、失踪宣告の審判手続きに入ることになります。
ほとんどの場合、届出がなされることなく期間が経過します。
なお、一定期間は、普通失踪では3カ月以上、特別失踪では1カ月以上と定められているため、申し立ててから審判がなされるまで、少なくともこの期間は必要となってきます。
審判がされると、失踪宣告が認められた旨の審判書が作成されます。
もっとも、この審判書が作成されても、自動的に行方不明者の戸籍が変更されるわけではありません。
そのため、審判書をもって市役所などに出向き、戸籍を変更する手続きが必要になります。
6 失踪宣告がなされた場合の遺産分割協議
失踪宣告の審判が終わると、不在者が死亡したとみなされます。
そのため、不在者自身の財産の相続手続きを行うことが可能になります。
本人の死亡によって相続がはじまるためです。
また、相続人のうちの1人が行方不明となっており、遺産分割手続がストップしてしまっているような場合、不在者以外の相続人だけで、遺産分割協議等を行うことができるようになります。
ただし、相続人である不在者が死亡したとみなされるときが、被相続人の死亡後で、かつ、不在者に相続人(子など)がいた場合には、その不在者の相続人が、不在者の立場を引き継いで遺産分割協議に参加することになります。
いずれにせよ、分割手続は、進みはじめることになります。
また、不在者が死亡したとみなされるときが、相続開始前であっても、代襲相続(民法887条)が発生する場合には、不在者の相続人が遺産分割協議に参加することになります。
なお、遺産分割協議についての解説は下記のページで行っておりますので、興味のある方はご一読ください。
・遺産分割協議のやり方は?遺産分割のコツを弁護士が解説
・遺産分割を弁護士に頼むメリット
このように、失踪宣告を利用すると、今まで止まってしまっていた、手続きを進められるようになります。
失踪した人の財産の処分に困っている、遺産分割の手続きができない、と悩んでいる人にとってはとても有効的な手続きになります。
残された家族の立場、財産が安定することになります。
7 失踪宣告者が実は生きていた場合
失踪宣告がなされたものの、実は生きていたというケースもあります。
この場合、不在者の家族や、不在者本人はどうすればいいのでしょうか。
まず、不在者本人について見ると、本人の知らない所で失踪宣告がなされていても、本人が結んだ契約や法律関係が無効になるわけではありません。
現実に不在者が死亡したものではないから、不在者がどこかで生きていた場合に、その人が契約を締結することは可能なのです。
アパートの賃貸借契約や売買契約は、そのまま残ります。
では、不在者の家族はどのような手続きをとればいいのでしょうか。
まず、失踪宣告自体は、本人の生存が確認できた場合に自動的に取消しとなるわけではありません。
そこで、本人や利害関係人が、失踪宣告の取消を裁判所に申し立てる必要があります(民法32条)。
この取消しがなされると、失踪宣告の効果はさかのぼって無くなります。
つまり、初めから失踪宣告が無かったものとされるのです。
まずはこの手続きを取る必要があります。
では、不在者の財産を相続によって分配してしまっていた場合はどうすればよいでしょうか。
失踪宣告が取り消されると、不在者は死亡していなかったとされるので、本来は相続が開始していません。
そのため、分配した相続財産を不在者本人に返還しなければならないとされています。
失踪の宣言によって財産を得たものはその取消しによって権利を失う(民法32条2項)という規定があるためです。
もっとも、既に分配された預貯金を使ってしまっていた場合もあると思います。
このようなときは、「現に利益を受けている限度」で返還すれば大丈夫なのです(民法32条2項但書)
つまり、手元に残っているものだけを返還すれば足ります。
既に使ってしまったものは返す必要がありません。
もっとも、遺産をローンにあてた場合など、現に利益を受けているのかどうか判断に迷う場合もあると思いますので、そういったケースでは専門家に相談した方が良いでしょう。
また、失踪宣告者の不動産を売却してしまっている場合でも、売主側も買主側も、失踪宣告者が実は生きているということを知らなかったときにはその取引は有効のままです(民法32条1項但書)
法律的には双方が、不在者が生きていることについて善意(知らなかった)である場合、有効であるとされているからです。
8 まとめ
以上のように失踪宣告は、長年行方不明となっている人がいる場合に使える手続となります。
残された人たちの法律関係、財産関係を確定するためには有効な手段です。
しかし、手続に長期間かかる場合もありますし、必要書類を集める手間もかかります。
また、本人が仮に生きていた場合の処理は煩雑なものとなってしまいます。
そのため、悩んでいる方は、まずは弁護士をはじめとする法律の専門家への相談がおすすめです。
失踪宣告が認められそうか、認められるために必要な書類は何か、認められた場合の財産の処分に至るまで一括したアドバイスを受けることが可能です。
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この記事を書いた弁護士 弁護士法人ニライ総合法律事務所 弁護士 鈴木 志野 |