(1)遺留分制度とは
まず、遺留分制度、という言葉自体聞き慣れない方が多いかもしれません。
これはどういった制度なのでしょうか。
遺留分制度は、被相続人(つまり亡くなった故人のことです)が持っていた相続財産のうち、最低限のある程度の割合を、一定の法定相続人に保証する制度のことです(改正民法1046条)。
各割合については、下の表のとおりです。
民法1042条(遺留分の帰属及びその割合)
第1項 兄弟姉妹以外の相続人は、応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
第1号 直系尊属のみが相続人である場合 3分の1
第2号 前号に掲げる場合以外の場合 2分の1
第2項 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
難しい法律用語で書かれていますが、簡単にまとめますと、この表に書かれている相続人は、それぞれの割合で、遺産をもらえることになっているのです。
まず、これが、「遺留分制度」と言われているものです。
そして、遺留分侵害額請求権を行使できる人は、
- 兄弟姉妹を除く法定相続人(子・直系尊属・配偶者)
- 兄弟姉妹を除く法定相続人の代襲相続人
となっています。
(2)遺留分侵害額請求権とは
そして、侵害額請求権とは、被相続人が、ある相続人(Aさん)に対して多すぎる贈与などを行ったことによって、他の相続人(Bさん)が本来相続できる権利(遺留分)が侵害されたときに、その贈与を受けたAさんに対し、一定額の金銭の支払いを請求できる権利です。
具体的な例を上げますと、5人兄弟の親が亡くなった場合に、兄弟のうちの3人にだけ、多すぎる財産を与えていた場合、これをもらえなかった他の兄弟2人が、一定割合、これを取り返す事ができるのです。
(3)遺留分侵害額請求権は誰のためのものか
それでは、遺留分制度や、遺留分侵害額請求権は、誰のためのものなのでしょうか。
日本では、本来、被相続人は自分の財産を誰に残すのか、自由な権利を持っています。
遺言書などで、ある程度自分の財産の行方を自由に決定することが出来るのです。
(例えば、誰々には家を贈与する、市町村に寄付をする、など)
しかし、被相続人が全ての財産をたった一人の相続人(遺族)に贈与してしまうと、他の相続人の生活が苦しくなってしまうことがあります。
そのため、遺産のうちの一定の割合は相続人に保証されているのです。
これは、故人の遺言によっても奪うことの出来ない権利(財産)なのです。
耳慣れない法律用語が多いため、言葉だけで説明しても、なかなかイメージがつきにくいかもしれません。
以下、読みやすいように、もう少し噛み砕いたQ&A形式にまとめてみましたので、ぜひご一読下さい。
遺留分侵害額請求に関する Q&A
Q.
被相続人が死亡したあとに、「全財産を子どものAに相続させる」という遺言書が出てきました。他の兄弟は一円ももらえないのでしょうか。
A.
いえ、そんなことはありません。
上で書いたように、一定の範囲の財産を取り返すことが出来ます。
法律上は、被相続人が法定相続分を超えて、一人の相続人または相続人以外の人に財産をあげることを認めていますが、一定の範囲の財産については、被相続人は取り返すことができます。
この権利を遺留分侵害額請求権と言います。
Q.
遺留分は請求しないともらえないのでしょうか?
A.
はい、遺留分は、遺留分侵害請求権を持っている人が請求しないと貰えません。
なぜなら、本来、故人は自分の財産を誰に残すのか、自由な権利を持っているからです。
そして、遺留分制度は、故人の希望を制限してでも、相続人のためにその取り分を補償したものとなります。
そのため、特に相続人が最低限の相続取り分を希望しない場合(故人の意思を尊重する場合)は、あえて故人の意思と違う財産の配分にする必要はないとの考え方がとられています。
そのため、遺留分侵害額請求権は、権利を行使する人がきちんと主張をする必要があるのです。
Q.
では、遺留分侵害額請求権はどのように行使すればよいのでしょうか。
A.
実は、行使の方法については、法律上は形式的な要件は定められていません。
つまり、直接、口頭で伝えても良いですし、電話などで行使することもできるのです。
しかし、”行使をした”という事実は残しておくべきです。
なぜなら、口頭や電話で伝えた場合に、”行使した”事が分かる証拠が残っていないと、後々の裁判などで、いわゆる”言った言わない”という論争になってしまうためです。
このような、そのような無用な争いを防ぐためにも、きちんと、裁判で通用するような形で、”行使をした”という事実を残して置く必要があります。
例えば、弁護士に依頼した場合、内容証明郵便と言われるもので、権利行使することができます。
内容証明郵便で行使を行えば、裁判で通用する証拠を残しておく事ができるといえます。
Q.
遺留分侵害額請求には、時効はあるのでしょうか。
A.
はい、あります。
そして、遺留分侵害額請求権の時効は、みなさんが思っているよりも、短いものとなっているため、驚かれる方もいらっしゃいます。
具体的には、
①相続の開始、及び
②遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時
から、わずか1年とされています(民法第1048条)。
自分が遺留分権利者であったとしても、この一年間の間に、権利を行使しなければ、権利がなくなってしまうため、本来もらえるはずの遺留分が貰えなくなってしまうという事態担ってしまいます。
ここで、
①相続の開始、とは、つまり亡くなった人(法的に言うと”被相続人”です)の死亡日です。
被相続人が亡くなってからすぐ、残された方々は、様々な手続きを行うことが必要となります。
死亡届や葬儀の手配はもちろんですが、葬儀が無事終わった後でも、公的・私的手続きの双方が必要となってきます。
例えば、公的手続きでは、
・被相続人が年金を受給している方であれば、その受給停止の申請、
・健康保険の資格喪失届けの提出、
・被相続人が世帯主の方であれば、住民票の世帯主変更などといったものがあります。
また、
・賃貸借契約の解除や、
・電気ガス水道などの解約、
・クレジットカードの解約手続きといった、私的なものも処理していく必要があります。
残されたご遺族が悲しみに暮れる中、ある程度区切りがつくと言われているのは、一般的に49日とされていますが、これは、約2ヶ月程となります。
慌ただしい中で、遺産の話は49日が終わって一段落ついてから、じっくり話し合おうとするご家庭も多いのですが、意外といつの間にか1年がすぎてしまったというケースが後を絶ちません。
というのも、”遺産の話”、”遺留分侵害額請求の話”と一言で言っても、
・そもそも誰が相続人なのか、遺言書があるのかどうか、といった確認や、
・遺産の内容確認、
・遺産の中に不動産があるのかどうか、
→不動産がある場合、その相続登記を行う必要や、相続税の申告義務があります。
・遺留分を侵害する贈与または遺贈があったのかどうか、
等の過程を経る必要があるため、当初思っていたよりも時間がかかってしまう場合が多いのです。
遺留分侵害額請求権自体についての詳細は、下記のページで詳しく解説しております。
遺留分侵害額請求権(改正民法)令和元年7月1日以降
被相続人が亡くなるという精神的なショックを受けながら、様々な機関に対して、数多くの手続きをこなしていくだけでもかなり体力を使うものです。
その中でも遺留分は、法的な知識が求められるものですので、注意深く気を配る必要があるものといえます。
本来受け取れるはずの財産を受け取れなくなってしまう場合が多いのです。
そのため、相続を知った場合、特に特定の相続人に遺言などで財産が移ることを知った場合には、できるだけ早く弁護士に相談することをお勧めしています。
民法1048条
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
(4)遺留分侵害額の計算方法
一般的に、遺産の評価、計算方法などについて法律の専門家ではないと正確な額や算定が難しいという側面があるのですが、この中でも、遺留分侵害方法の計算については、残念ながら、かなり複雑な算定手法が採用されています。
これは、2019年7月1日に相続法の法律が改正されたことで、金額を細かく調整する必要が生じる事となったためです。
簡単に解説しますと、遺留分がいくらになるのか、というのは、
①被相続人が相続人に贈与した財産がどういった目的で贈与されたのか、という問題と、②いつごろその贈与がなされたのか、という時期的な問題、更に③被相続人や贈与を受けた相続人が、遺留分権利者に損害を与えるつもりで、贈与がなされたのではないのか、という問題が絡んできます。
計算を行うだけでも複雑な作業なのですが、事実確認や証拠収集といった作業を当事者間だけで行おうとすると、より難易度が上がってしまうことが多いのが現状です。
金銭が絡む話題ですし、特に過去の贈与の内容や目的などは、個人のプライバシーに関わるナイーブな部分をはらむ問題であることが多いためです。
そのため、兄弟、姉妹、近い親戚間の間など、当事者同士で事実確認をしようとしてしまうと、思わぬ争いに発展してしまいことがあります。
それまで良好な関係であった場合でも、積年の不満や感情のぶつけ合いになってしまうと、関係性が悪くなってしまいますし、相続の争点とならない部分で意見を戦わせてしまい、相続問題の解決にならないただの喧嘩になる事が往々にしてあります。
弁護士が間に入る事で、正しい計算方法で遺留分を計算できる他、家族・親族間の不必要な争いを避けることも期待できるのです
ぜひ経験が豊富な弁護士に遺留分侵害額請求の手続きをお任せすることをお勧めします。
(5)総体的遺留分侵害額請求権の割合
総体的遺留分とは相続財産全体に占める遺留分の割合です。相続人が父母などの直系尊属だけだった場合は、財産のうちの1/3が侵害額となり、それ以外は1/2です。通常の遺留分侵害額請求の対象となる財産は相続財産の1/2の事が多いと思ってください。
1.直系尊属(父母など)のみが相続人のである場合
被相続人の財産の3分の1(民法1028条1号)
2.それ以外の場合
被相続人の財産の2分の1(民法1028条2号)
- 直系卑属のみ
- 直系卑属と配偶者
- 直系尊属と配偶者
- 配偶者のみ
(6)個別的遺留分の計算の仕方
個別的遺留分とは、一人一人の相続人が実際に貰える相続の割合です。それでは、実際に一人一人の相続人はいくらぐらいの相続財産を貰えるのでしょうか。
<個別的遺留分>=<総体的遺留分割合×相続分>
という式で求められます。
(7)遺留分の計算の関係図
1. 配偶者と子の場合
W(妻)の遺留分 | 1/2(総体的遺留分)× 1/2(法定相続分)= 1/4 |
B・C・D(子)の遺留分 | 1/2(総体的遺留分)× 1/2(子全体の法定相続分)× 1/3(子それぞれの相続分)= 1/12 |
2. 配偶者と子と代襲相続人の場合
W(妻)の遺留分 | 1/2(総体的遺留分)× 1/2(法定相続分)= 1/4 |
B(子)の遺留分 | 1/2(総体的遺留分)× 1/2(子全体の法定相続分)× 1/2(子それぞれの相続分)= 1/8 |
D・E(代襲相続人)の遺留分 | 1/2(総体的遺留分)× 1/2(子全体の法定相続分)× 1/2(子それぞれの相続分)× 1/2(代襲相続人それぞれの相続分)= 1/16 |
(8)遺留分侵害額請求のご相談は弁護士に
遺留分侵害額請求権には時効があり、一定の期間を超えると主張できなくなります。
そのため、遺留分侵害額請求をしたことを後で立証できるように証拠に残す必要があります。
また、遺留分侵害額の計算も非常に分かりにくいので、是非一度弁護士にご相談ください。